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https://syosetu.org/user/130106/
そして、さよなら。 クロミ(ネコ) 黒上幸羽(クロガミユキハ) 三住音色(ミスミネイロ) クロミ:お願いです、神様。ほんの少しだけ、時間をください。 クロミ: クロミ:ほんの少しでいいから、最期に。ユキハさんに……―― : 0:運命的な出会い(回想) : クロミ:(M)お母さんと離れ離れになって、わたしはお腹をすかせたままでいることのほうが多くなった。 クロミ:(M) クロミ:(M)水たまりの水を飲むことだって、今のわたしには難しい。 クロミ:(M) クロミ:(M)食べるものがないことがそのまま死に直結することがザラにある世界に生きている。 クロミ:(M) クロミ:(M)だから、食べ物を探すのにも疲れて。自分に向けられる殺気に気づき、そいつが――1羽のカラスが自分めがけて攻撃を仕掛けてきた時も、最初の一撃を致命傷にならないように躱す(かわす)ので必死で。 クロミ:(M) クロミ:(M)最初はそれこそ抵抗したけど、もう駄目だ、とそのまま運命に身を任せることにした。 クロミ:(M)ああ、さようなら、お母さん。もうわたしは、このままカラスのえさに――。 クロミ:(M) クロミ:(M)…でもその時。 : ユキハ:おら、なにしてやがる!! : クロミ:みゃ… : クロミ:(M)きらきらと太陽の光を閉じ込めたような、金色の髪の『新たな敵』に私は略奪されていた。 クロミ:(M) クロミ:(M)忘れかけていた恐怖と、新たな敵の登場に、幼いわたしはただおびえた。 クロミ:(M) クロミ:(M)こわいこわいこわい。きっとこの生き物……ニンゲンに私は一飲みにされてしまうのだ! クロミ:(M) クロミ:(M)だから、彼がカラスを撃退して、わたしをその手でつかみ上げた時も、みゃあみゃあと鳴いて、必死で助けを呼んだ。 クロミ:(M) クロミ:(M)来るわけない、届くわけない悲鳴に似た哀願は、結局やっぱりどの生き物にも無視され、助けなど来なかった。 クロミ:(M) クロミ:(M)…でも。 : ユキハ:大丈夫か、チビスケ?怪我はないか? : クロミ:(M)わたしをジロジロと不躾にあちこち触れて見つめていたこのニンゲンは、どうやら怪我の有無を確かめていたらしい。 : ユキハ:とりあえずは大丈夫そうだけど…カラスに食われそうになるなんて。危ないな……。 : クロミ:みゅぅ! : ユキハ:とりあえず、飯を食わせてやらないと。コンビニにあるか…いや、ペットショップ……。 : クロミ:みゅう? : クロミ:(M)未知なる単語の独り言をつぶやきながら、彼はわたしを自分の服の胸元に詰め込んだ。 : クロミ:(M)お母さんや兄弟たちとは違う、温かさ。 クロミ:(M) クロミ:(M)こわい。って思ってたはずなのに、わたしはそのぬくもり、そして居心地の良さに、なぜだか安心感を覚えて無意識にゴロゴロとのどが鳴るのが分かった。 クロミ:(M) クロミ:(M)そしてうとうとと寝こけて。その後、彼が当時のお小遣いをはたいて買ってくれた食料を夢中で食べた。 クロミ:(M) クロミ:(M)それが、わたしと彼の忘れられない出会い。 : : 0:シーン2一人と一匹 : : ユキハ:クロミ!くーろーみ! : クロミ:にゃあん! : クロミ:(M)一月もすれば、わたしは彼の飼い猫も同然になっていた。といっても、寝床はこの学校の校舎裏。ご飯は、生徒のお弁当の残り物。 クロミ:(M) クロミ:(M)用務員のおじさんの目を盗んで、花壇の近くのベンチの下とかで寝てたりしたけど、飼い主同然の彼、黒上 幸羽(くろがみゆきは)さんは、ヤスミジカン…とくにヒルヤスミとかになると、必ずわたしを探してくれた。 クロミ:(M) クロミ:(M)そして、この『クロミ』という名前。 クロミ:(M) クロミ:(M)なんか当時気になっていた女の子の好きなキャラクター名からとったらしいけど、確かに私は耳が黒いから。黒耳って呼ばれているのだと思えば、それもなんだか愛嬌を感じて許せた。 クロミ:(M) クロミ:(M)……ん?許すって何、って? クロミ:(M) クロミ:(M)え、なんだろ……でも、そう思ったから…。 クロミ:(M) : ユキハ:クロミ、うまいか? : クロミ:にゃうん! : クロミ:(M)今日のご飯は、のり弁の顔である、焼き鮭の皮とかまに近い身の部分。骨もわたしにとってはとってもおいしいメインディッシュの一部。 クロミ:(M) クロミ:(M)ふと思いついて、だいすき、と鳴いてみた。大好きだよぅって。……これ美味しい。だいすき、だいすき。 クロミ:(M) クロミ:(M)だけど、一番大好きなのは――…。 クロミ:(M) クロミ:(M)……?なんだ?鮭の骨でも引っ掛かった? クロミ:(M) クロミ:(M)一瞬、胸の奥がヅクリと痛むように疼いたけど、わたしは骨でも飲み込みそこなったのかとさして気にも留めないで、ユキハさんのわしゃわしゃと撫でてくる大きな手に目を細めた。 クロミ:(M) クロミ:(M)意外と撫でるのがへたっぴなユキハさん。でも、多分、わたしにとっては世界で一番安心する手。 クロミ:(M) : ユキハ:よしよし、お前はいい子だな。 : クロミ:にゃお! : クロミ:(M)ご飯の後のお顔の掃除。ユキハさんの股の間に陣取って、それが終わったらすやすやとお昼寝に突入する時間の、なんと幸せなことだろう。 クロミ:(M) クロミ:(M)ご主人様と猫一匹、なんてぜいたくであたたかい時間。 クロミ:(M) クロミ:(M)幼かったわたしには、この幸せはきっとうんとうんと続いて…幸せな日々が、うーんとうーんと続いて。きっと年老いて死ぬのも、この人に看取られて、うんと年を取ったおばあちゃん猫になって……。なんて思ってた。 クロミ:(M) クロミ:(M)わたしは猫。ただの野良猫。ちょっと運が良かっただけのただの……。 クロミ:(M) クロミ:(M)――その幸せに、影が差したのはそれからすぐのことだった。 : : 0:シーン3そして…。 : : クロミ:(M)秋が近づいていた。最近、ユキハさんは、ヒルヤスミになってもちょっとそわそわと浮かれ調子。それは彼が持つ長方形の物体が、特定の鳴き声を上げた時にひどくなる。 クロミ:(M) クロミ:(M)……ほら、また。 クロミ:(M) ユキハ:おっ!今、LINE、鳴った!? ユキハ: ユキハ:……え!…まじかっ!! : クロミ:みゃぅん? : クロミ:(M)どうしたの?と首をかしげていたら、彼は突然その長方形をわたしの鼻先に近づけた。 クロミ:(M) クロミ:(M)必然的にのぞき込む形になって、わたしは違和感に気づいた。 クロミ:(M) クロミ:(M)前に見たときは、ちょうちょを鼻に止まらせたままお昼寝してたわたしのおまぬけなお写真(写真、とはカメの先生に教えてもらった単語である。)だった、その箱の表面が、ユキハさんと……知らない女の子の二人で写った写真(もの)になってた。 クロミ:(M) クロミ:(M)(えっ…?) クロミ:(M) クロミ:(M)なにこれ、どういうこと…?そう聞きたくても、わたしの言葉とユキハさんの言葉は違う。だから、届かない。 クロミ:(M) クロミ:(M)彼は満足そうに一度、自分のほうへ、その長方形を向けてピコピコと触ってから、今度は違う写真…?を見せた。 クロミ:(M) : ユキハ:音色(ねいろ)さんが、今度のデート、オッケーしてくれたぜ!マジで奇跡!! : クロミ:(M)(ネイロサン?) クロミ:(M) クロミ:(M)誰のこと…?デートってなに…? クロミ:(M) : ユキハ:よし、見てろよ、クロミ!音色さんを絶対彼女にする!! : クロミ:(M)カノジョ……。 : クロミ:(M)さすがに疎いわたしでも分かった。カノジョとは、つがいのこと。 クロミ:(M) クロミ:(M)ユキハさんの好きな人のこと……。 クロミ:(M) クロミ:(M)胸の奥が、強く軋む(きしむ)ように締め付けられるのが分かった。 クロミ:(M) クロミ:(M)(…ユキハさん) クロミ:(M) クロミ:(M)わたしは、急に心細くなってユキハさんを見上げる。でも、彼は、さっきの物体をいじるのに夢中で、わたしの様子に気づかない。 クロミ:(M) クロミ:(M)かわいらしく甘えて。もしくは、悲しそうに惨めですアピールをして鳴けば。すぐさま、彼は気が付いて、わたしを抱き上げてくれただろう。でも……。 クロミ:(M) クロミ:(M)いくら想いを込めて見つめても、彼はわたしの気持ち(こと)に気づかない……。 クロミ:(M) クロミ:(M)代わりに『ごちそうさま』、の鳴き声を上げて。わたしは、そのまま腹ごなしの散歩に向かうふりで……その場を逃げ出して。 クロミ:(M) クロミ:(M)そして。その夜。 クロミ:(M) クロミ:(M)猫嫌いの上、常々わたしを追い出そうと狙っていた用務員さんに捕まえられて。そのまま。わたしの身は、いわゆる、保健所に引き渡されてしまった……。 クロミ:(M) クロミ:(M) : 0:彼女の不在 : ユキハ:(M)ある日を境に、クロミは姿を消した。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)あの日から、何度も何度も探したのに、見つからない……。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)もしかしたらと思って、用務員のジジイを問い詰めたら、あっさりとクロミを保健所に引き渡したことを認めた。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)もちろんオレはキレた。さすがに暴力までは振るわなかったが、思いつく限りの罵詈雑言をジジイに吐きかけて、軽い停学も食らった。……ついでに憧れていた女子である音色さんこと三住音色(みすみねいろ)からも見事にフラれて、それでもオレの心には暗雲がかかって、真っ暗のままだった。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして、停学が解けて久し振りに登校したオレを待っていたのは、冷たい視線といかにも排除したそうな空気。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして。……下駄箱にぽつりと置かれた、謎の手紙だった。 : : 0:そして、さよなら。 : : クロミ:あ……ユキハさんですよね?来てくれてありがとう。覚えてますか?わたしのこと?… : ユキハ:…いや、悪い、わからない… : クロミ:……あ、やっぱりわからないですよね……クロミです。去年の夏に、この校舎裏でお世話になってた。 : ユキハ:は?あんた、何言って、 : クロミ:……やっぱり、びっくりしましたか?あの頃はただの野良の猫だったし、カラスに襲われそうになるくらい小さかったし。 クロミ: クロミ:でも、ユキハさんのおかげで命拾いして、お弁当の残りももらって大きくなって。 クロミ: クロミ:そして…… : ユキハ:(M)一瞬、彼女は言葉を飲み込み、そしてなるべく悲しく聞こえないようにと抑え込んだような声音で続けた。 : クロミ:用務員さんにばれて保健所へいくことになりました : ユキハ:……っ!お前、本当に…?! : ユキハ:(M)クロミ…と伸ばしかけた手を躱すように、彼女は微笑んで続けた。 : クロミ:……けさ、とびっきりのご飯が出ました。多分わたし、殺処分になるんだと思います。 : ユキハ:なっ…?! : ユキハ:(M)絶句するオレにどこまでも綺麗に微笑みを浮かべた彼女は、まっすぐな目で続けた。 : クロミ:だから、神様にお願いして、日が沈むまで、この姿で会うのを許されました。 クロミ: クロミ:ありがとう、ユキハさん。わたしは、クロミはこの数か月本当に幸せでした。 クロミ: クロミ:そして、本当に、本当に…ユキハさんのことが……好きでした。 : ユキハ:それって……クロミ… : クロミ:もし生まれ変われたら、今度は人間の女の子になって……ユキハさんにもう一度恋したいです…… : ユキハ:くろみ…… : : クロミ:なんて……。 : ユキハ:(M)小さく独り言ちたクロミの眦(まなじり)から、ほろりと一筋。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)それをぬぐうこともできずに、呆然と彼女の告白に佇むみっともないオレ。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして。 : クロミ:……そろそろ時間ですね。 : ユキハ:なっ!クロミ…!! : クロミ:それではさよなら、ユキハさん。……またいつか。 : ユキハ:(M)そして、包まれていた光の粒が弾け飛ぶようにその姿が掻き消えて。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)最後に伸ばしたオレの手は、結局届かなくて……。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして、さよならだけを残して。クロミはこの世から本当に姿を消した……らしい。 ユキハ:(M)オレの心に、ぽっかりと大きな風穴をあけたまま。
「君の隣で笑える権利を、物心つく時から持っていたし、その手を取って、連れ回した事も数え切れ無いほどあったのに。…周りの見る目とか、心無い噂話とか、そういうどうでもいいものを気にしすぎて、その手を乱暴に解いて、離してしまった。その事を僕はこれからもずっと後悔し続けるんだろう。君が、僕とは違う人と手を繋いで笑っている現実を現に今、こうして悔やんでいるから」
【秘めた想いは届くはずなく、】 作:結日きり(花瀬すらり)@Surari_Kase もし、「貴方が人生で2番目に大切にしている物はなんですか?」と聴かれたら、貴方はどう答えますか? 私の答えはとうに決まってて。胸ポケットに入ってるこのリップクリームがその答え。 デパコスでも、ブランド物でもない、その辺のお店で普通に買えるただのリップクリーム。 …多分、どうして?ってみんな聞き返すと思うけど、それには多分、私は答えるつもりは1ミリもないから。 ……そう、誰にも。あの子にだって。 …あの日偶然、あの子が鏡を見ながらリップクリームを塗り直すのを見た。 唇同士を擦り合わせて、それでも足りなくて、人差し指で触れて。そして、私に向かって、なんの気もなく笑って。じゃあね、なんて片手を上げて教室から出ていった。 あの日。あの子は人生初めてのキスを捧げたらしい。…年下の彼氏殿に。その前の下準備というか、前段階に私は立ち会ったのだ。 その幸せを受け取るであろう予感に色づく微笑みと、ふんわりと柔らかそうで、薄くしっとりとしたあの子のその唇が。 …まるで、瞼を通り越して脳に焼き付いたように、そしてそれを警告するかのように心臓が私の中で暴れて。そのまま、私は近所のドラッグストアで同じリップクリームを購入していた。 そして。 唇に滑らせて、指で触れて。 私はそっと、リップクリームそのものにそっとキスをした。そして瞼の裏で、想い人を。……微笑む彼女を想ったのだ。 本人には、告げられない想いをこのまま殺して行くことを誓い、このリップクリームが尽きるまでがその猶予だと。使う度に、想いは募り、本人の唇へ触れてみたい欲も増していくようで怖い気もしたけど、でも……それでも捨てられなかったのだ。捨てようがなくて、だから……私はジワジワと自分の中で握り潰す事にした。 今日もリップクリームを滑らせる。あの子は、私に気づかない。想いにも、リップクリームにも。
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そして、さよなら。 クロミ(ネコ) 黒上幸羽(クロガミユキハ) 三住音色(ミスミネイロ) クロミ:お願いです、神様。ほんの少しだけ、時間をください。 クロミ: クロミ:ほんの少しでいいから、最期に。ユキハさんに……―― : 0:運命的な出会い(回想) : クロミ:(M)お母さんと離れ離れになって、わたしはお腹をすかせたままでいることのほうが多くなった。 クロミ:(M) クロミ:(M)水たまりの水を飲むことだって、今のわたしには難しい。 クロミ:(M) クロミ:(M)食べるものがないことがそのまま死に直結することがザラにある世界に生きている。 クロミ:(M) クロミ:(M)だから、食べ物を探すのにも疲れて。自分に向けられる殺気に気づき、そいつが――1羽のカラスが自分めがけて攻撃を仕掛けてきた時も、最初の一撃を致命傷にならないように躱す(かわす)ので必死で。 クロミ:(M) クロミ:(M)最初はそれこそ抵抗したけど、もう駄目だ、とそのまま運命に身を任せることにした。 クロミ:(M)ああ、さようなら、お母さん。もうわたしは、このままカラスのえさに――。 クロミ:(M) クロミ:(M)…でもその時。 : ユキハ:おら、なにしてやがる!! : クロミ:みゃ… : クロミ:(M)きらきらと太陽の光を閉じ込めたような、金色の髪の『新たな敵』に私は略奪されていた。 クロミ:(M) クロミ:(M)忘れかけていた恐怖と、新たな敵の登場に、幼いわたしはただおびえた。 クロミ:(M) クロミ:(M)こわいこわいこわい。きっとこの生き物……ニンゲンに私は一飲みにされてしまうのだ! クロミ:(M) クロミ:(M)だから、彼がカラスを撃退して、わたしをその手でつかみ上げた時も、みゃあみゃあと鳴いて、必死で助けを呼んだ。 クロミ:(M) クロミ:(M)来るわけない、届くわけない悲鳴に似た哀願は、結局やっぱりどの生き物にも無視され、助けなど来なかった。 クロミ:(M) クロミ:(M)…でも。 : ユキハ:大丈夫か、チビスケ?怪我はないか? : クロミ:(M)わたしをジロジロと不躾にあちこち触れて見つめていたこのニンゲンは、どうやら怪我の有無を確かめていたらしい。 : ユキハ:とりあえずは大丈夫そうだけど…カラスに食われそうになるなんて。危ないな……。 : クロミ:みゅぅ! : ユキハ:とりあえず、飯を食わせてやらないと。コンビニにあるか…いや、ペットショップ……。 : クロミ:みゅう? : クロミ:(M)未知なる単語の独り言をつぶやきながら、彼はわたしを自分の服の胸元に詰め込んだ。 : クロミ:(M)お母さんや兄弟たちとは違う、温かさ。 クロミ:(M) クロミ:(M)こわい。って思ってたはずなのに、わたしはそのぬくもり、そして居心地の良さに、なぜだか安心感を覚えて無意識にゴロゴロとのどが鳴るのが分かった。 クロミ:(M) クロミ:(M)そしてうとうとと寝こけて。その後、彼が当時のお小遣いをはたいて買ってくれた食料を夢中で食べた。 クロミ:(M) クロミ:(M)それが、わたしと彼の忘れられない出会い。 : : 0:シーン2一人と一匹 : : ユキハ:クロミ!くーろーみ! : クロミ:にゃあん! : クロミ:(M)一月もすれば、わたしは彼の飼い猫も同然になっていた。といっても、寝床はこの学校の校舎裏。ご飯は、生徒のお弁当の残り物。 クロミ:(M) クロミ:(M)用務員のおじさんの目を盗んで、花壇の近くのベンチの下とかで寝てたりしたけど、飼い主同然の彼、黒上 幸羽(くろがみゆきは)さんは、ヤスミジカン…とくにヒルヤスミとかになると、必ずわたしを探してくれた。 クロミ:(M) クロミ:(M)そして、この『クロミ』という名前。 クロミ:(M) クロミ:(M)なんか当時気になっていた女の子の好きなキャラクター名からとったらしいけど、確かに私は耳が黒いから。黒耳って呼ばれているのだと思えば、それもなんだか愛嬌を感じて許せた。 クロミ:(M) クロミ:(M)……ん?許すって何、って? クロミ:(M) クロミ:(M)え、なんだろ……でも、そう思ったから…。 クロミ:(M) : ユキハ:クロミ、うまいか? : クロミ:にゃうん! : クロミ:(M)今日のご飯は、のり弁の顔である、焼き鮭の皮とかまに近い身の部分。骨もわたしにとってはとってもおいしいメインディッシュの一部。 クロミ:(M) クロミ:(M)ふと思いついて、だいすき、と鳴いてみた。大好きだよぅって。……これ美味しい。だいすき、だいすき。 クロミ:(M) クロミ:(M)だけど、一番大好きなのは――…。 クロミ:(M) クロミ:(M)……?なんだ?鮭の骨でも引っ掛かった? クロミ:(M) クロミ:(M)一瞬、胸の奥がヅクリと痛むように疼いたけど、わたしは骨でも飲み込みそこなったのかとさして気にも留めないで、ユキハさんのわしゃわしゃと撫でてくる大きな手に目を細めた。 クロミ:(M) クロミ:(M)意外と撫でるのがへたっぴなユキハさん。でも、多分、わたしにとっては世界で一番安心する手。 クロミ:(M) : ユキハ:よしよし、お前はいい子だな。 : クロミ:にゃお! : クロミ:(M)ご飯の後のお顔の掃除。ユキハさんの股の間に陣取って、それが終わったらすやすやとお昼寝に突入する時間の、なんと幸せなことだろう。 クロミ:(M) クロミ:(M)ご主人様と猫一匹、なんてぜいたくであたたかい時間。 クロミ:(M) クロミ:(M)幼かったわたしには、この幸せはきっとうんとうんと続いて…幸せな日々が、うーんとうーんと続いて。きっと年老いて死ぬのも、この人に看取られて、うんと年を取ったおばあちゃん猫になって……。なんて思ってた。 クロミ:(M) クロミ:(M)わたしは猫。ただの野良猫。ちょっと運が良かっただけのただの……。 クロミ:(M) クロミ:(M)――その幸せに、影が差したのはそれからすぐのことだった。 : : 0:シーン3そして…。 : : クロミ:(M)秋が近づいていた。最近、ユキハさんは、ヒルヤスミになってもちょっとそわそわと浮かれ調子。それは彼が持つ長方形の物体が、特定の鳴き声を上げた時にひどくなる。 クロミ:(M) クロミ:(M)……ほら、また。 クロミ:(M) ユキハ:おっ!今、LINE、鳴った!? ユキハ: ユキハ:……え!…まじかっ!! : クロミ:みゃぅん? : クロミ:(M)どうしたの?と首をかしげていたら、彼は突然その長方形をわたしの鼻先に近づけた。 クロミ:(M) クロミ:(M)必然的にのぞき込む形になって、わたしは違和感に気づいた。 クロミ:(M) クロミ:(M)前に見たときは、ちょうちょを鼻に止まらせたままお昼寝してたわたしのおまぬけなお写真(写真、とはカメの先生に教えてもらった単語である。)だった、その箱の表面が、ユキハさんと……知らない女の子の二人で写った写真(もの)になってた。 クロミ:(M) クロミ:(M)(えっ…?) クロミ:(M) クロミ:(M)なにこれ、どういうこと…?そう聞きたくても、わたしの言葉とユキハさんの言葉は違う。だから、届かない。 クロミ:(M) クロミ:(M)彼は満足そうに一度、自分のほうへ、その長方形を向けてピコピコと触ってから、今度は違う写真…?を見せた。 クロミ:(M) : ユキハ:音色(ねいろ)さんが、今度のデート、オッケーしてくれたぜ!マジで奇跡!! : クロミ:(M)(ネイロサン?) クロミ:(M) クロミ:(M)誰のこと…?デートってなに…? クロミ:(M) : ユキハ:よし、見てろよ、クロミ!音色さんを絶対彼女にする!! : クロミ:(M)カノジョ……。 : クロミ:(M)さすがに疎いわたしでも分かった。カノジョとは、つがいのこと。 クロミ:(M) クロミ:(M)ユキハさんの好きな人のこと……。 クロミ:(M) クロミ:(M)胸の奥が、強く軋む(きしむ)ように締め付けられるのが分かった。 クロミ:(M) クロミ:(M)(…ユキハさん) クロミ:(M) クロミ:(M)わたしは、急に心細くなってユキハさんを見上げる。でも、彼は、さっきの物体をいじるのに夢中で、わたしの様子に気づかない。 クロミ:(M) クロミ:(M)かわいらしく甘えて。もしくは、悲しそうに惨めですアピールをして鳴けば。すぐさま、彼は気が付いて、わたしを抱き上げてくれただろう。でも……。 クロミ:(M) クロミ:(M)いくら想いを込めて見つめても、彼はわたしの気持ち(こと)に気づかない……。 クロミ:(M) クロミ:(M)代わりに『ごちそうさま』、の鳴き声を上げて。わたしは、そのまま腹ごなしの散歩に向かうふりで……その場を逃げ出して。 クロミ:(M) クロミ:(M)そして。その夜。 クロミ:(M) クロミ:(M)猫嫌いの上、常々わたしを追い出そうと狙っていた用務員さんに捕まえられて。そのまま。わたしの身は、いわゆる、保健所に引き渡されてしまった……。 クロミ:(M) クロミ:(M) : 0:彼女の不在 : ユキハ:(M)ある日を境に、クロミは姿を消した。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)あの日から、何度も何度も探したのに、見つからない……。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)もしかしたらと思って、用務員のジジイを問い詰めたら、あっさりとクロミを保健所に引き渡したことを認めた。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)もちろんオレはキレた。さすがに暴力までは振るわなかったが、思いつく限りの罵詈雑言をジジイに吐きかけて、軽い停学も食らった。……ついでに憧れていた女子である音色さんこと三住音色(みすみねいろ)からも見事にフラれて、それでもオレの心には暗雲がかかって、真っ暗のままだった。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして、停学が解けて久し振りに登校したオレを待っていたのは、冷たい視線といかにも排除したそうな空気。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして。……下駄箱にぽつりと置かれた、謎の手紙だった。 : : 0:そして、さよなら。 : : クロミ:あ……ユキハさんですよね?来てくれてありがとう。覚えてますか?わたしのこと?… : ユキハ:…いや、悪い、わからない… : クロミ:……あ、やっぱりわからないですよね……クロミです。去年の夏に、この校舎裏でお世話になってた。 : ユキハ:は?あんた、何言って、 : クロミ:……やっぱり、びっくりしましたか?あの頃はただの野良の猫だったし、カラスに襲われそうになるくらい小さかったし。 クロミ: クロミ:でも、ユキハさんのおかげで命拾いして、お弁当の残りももらって大きくなって。 クロミ: クロミ:そして…… : ユキハ:(M)一瞬、彼女は言葉を飲み込み、そしてなるべく悲しく聞こえないようにと抑え込んだような声音で続けた。 : クロミ:用務員さんにばれて保健所へいくことになりました : ユキハ:……っ!お前、本当に…?! : ユキハ:(M)クロミ…と伸ばしかけた手を躱すように、彼女は微笑んで続けた。 : クロミ:……けさ、とびっきりのご飯が出ました。多分わたし、殺処分になるんだと思います。 : ユキハ:なっ…?! : ユキハ:(M)絶句するオレにどこまでも綺麗に微笑みを浮かべた彼女は、まっすぐな目で続けた。 : クロミ:だから、神様にお願いして、日が沈むまで、この姿で会うのを許されました。 クロミ: クロミ:ありがとう、ユキハさん。わたしは、クロミはこの数か月本当に幸せでした。 クロミ: クロミ:そして、本当に、本当に…ユキハさんのことが……好きでした。 : ユキハ:それって……クロミ… : クロミ:もし生まれ変われたら、今度は人間の女の子になって……ユキハさんにもう一度恋したいです…… : ユキハ:くろみ…… : : クロミ:なんて……。 : ユキハ:(M)小さく独り言ちたクロミの眦(まなじり)から、ほろりと一筋。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)それをぬぐうこともできずに、呆然と彼女の告白に佇むみっともないオレ。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして。 : クロミ:……そろそろ時間ですね。 : ユキハ:なっ!クロミ…!! : クロミ:それではさよなら、ユキハさん。……またいつか。 : ユキハ:(M)そして、包まれていた光の粒が弾け飛ぶようにその姿が掻き消えて。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)最後に伸ばしたオレの手は、結局届かなくて……。 ユキハ:(M) ユキハ:(M)そして、さよならだけを残して。クロミはこの世から本当に姿を消した……らしい。 ユキハ:(M)オレの心に、ぽっかりと大きな風穴をあけたまま。
「君の隣で笑える権利を、物心つく時から持っていたし、その手を取って、連れ回した事も数え切れ無いほどあったのに。…周りの見る目とか、心無い噂話とか、そういうどうでもいいものを気にしすぎて、その手を乱暴に解いて、離してしまった。その事を僕はこれからもずっと後悔し続けるんだろう。君が、僕とは違う人と手を繋いで笑っている現実を現に今、こうして悔やんでいるから」
【秘めた想いは届くはずなく、】 作:結日きり(花瀬すらり)@Surari_Kase もし、「貴方が人生で2番目に大切にしている物はなんですか?」と聴かれたら、貴方はどう答えますか? 私の答えはとうに決まってて。胸ポケットに入ってるこのリップクリームがその答え。 デパコスでも、ブランド物でもない、その辺のお店で普通に買えるただのリップクリーム。 …多分、どうして?ってみんな聞き返すと思うけど、それには多分、私は答えるつもりは1ミリもないから。 ……そう、誰にも。あの子にだって。 …あの日偶然、あの子が鏡を見ながらリップクリームを塗り直すのを見た。 唇同士を擦り合わせて、それでも足りなくて、人差し指で触れて。そして、私に向かって、なんの気もなく笑って。じゃあね、なんて片手を上げて教室から出ていった。 あの日。あの子は人生初めてのキスを捧げたらしい。…年下の彼氏殿に。その前の下準備というか、前段階に私は立ち会ったのだ。 その幸せを受け取るであろう予感に色づく微笑みと、ふんわりと柔らかそうで、薄くしっとりとしたあの子のその唇が。 …まるで、瞼を通り越して脳に焼き付いたように、そしてそれを警告するかのように心臓が私の中で暴れて。そのまま、私は近所のドラッグストアで同じリップクリームを購入していた。 そして。 唇に滑らせて、指で触れて。 私はそっと、リップクリームそのものにそっとキスをした。そして瞼の裏で、想い人を。……微笑む彼女を想ったのだ。 本人には、告げられない想いをこのまま殺して行くことを誓い、このリップクリームが尽きるまでがその猶予だと。使う度に、想いは募り、本人の唇へ触れてみたい欲も増していくようで怖い気もしたけど、でも……それでも捨てられなかったのだ。捨てようがなくて、だから……私はジワジワと自分の中で握り潰す事にした。 今日もリップクリームを滑らせる。あの子は、私に気づかない。想いにも、リップクリームにも。